2010年 06月 03日
プリンセス・カイウラニ |
6月ですね、今年も前半が終わろうとしています。
今日はハワイ本「白い孔雀」の紹介です。
この本、数年前に載せたのですがなぜもう一度載せるかって?
映画「プリンセス・カイウラニ」が公開されたと聞いたので。
もちろん日本ではなくハワイ(アメリカ)でです
「白い孔雀」2002年 文芸社 よしだみどり著
ハワイ王朝最後の王女「プリンセス・カイウラニ」
23歳の若さで夭折した美貌のプリンセス
白い孔雀はカイウラニが「pikake」と呼んで可愛がっていた孔雀たちのことです。
この映画を作るに当たってハワイ先住民からは史実に沿っていないと
反対の声が多くあったそうですが・・・
あくまでも映画としてとらえて観るのがよさそうですね。
公式HP プリンセス・カイウラニ
日本でも公開されるといいのですが。
此処からはお時間のある方読んでくださいね^^;
カラカウア王の妹リケリケの娘でありハワイ王朝最後の女王
リリウオカラニを叔母に持つカイウラニ
この本はカイウラニを中心に取り巻くハワイ王朝が悲劇の
最後を迎えるまでの歴史本です。
といっても100%史実に沿っているようでもないのでハワイの歴史を
知るための取り掛かりとしてはとっても読み易い本です。
(行間や字も大きいので小・中学生でも可)
1881年(明治13年)カラカウア王が世界一周の旅に出た最初の訪問国
が日本でした。その日本も明治新政府が向かえる最初の国賓だったそうです。
まだ5歳だったカイウラニと明治天皇の甥、山階王殿下との縁談の話や
移民の話、アメリカに対抗するために日本と手を結ぶことが目的だったのですが・・
歴史に「たら」「れば」はないと思うのですが、これが実現していたら
日本とハワイの関係もずっと違う歴史になっていたでしょうね。
この辺の詳しいことは以前NHK「その時歴史が動いた」幻のハワイ、日本同盟計画
で放送しています。2006年8月放送ですがその後再放送もしているようです。
この時カラカウア王が明治政府にお願いして始まったのが日系移民(官約移民)です。
この時から移民の歴史が始まります。
日系移民に関する本は沢山出ていますのでこれからも折があれば紹介していきます。
プリンセスが住んでいたのは今ワイキキにある「シェラトンプリンセスカイウラニホテル」
のあるところ(ごく一部です)「アイナハウ」という場所です。
「アイナハウ」ハウの木のある土地
ホテルを裏から出て、丁度「アウトリガーイーストH」の前側(クヒオのバス停横)
にカイウラニと孔雀の銅像が建っています。
(何度も写真撮っているのに消えてしまいました)
私もこのホテルが好きで今までに2回ですが滞在しました。(かなり前ですが)
2回ともツアーだったのでタワーウイングの高層階でプリンセスウイングには
泊まれず残念でした。
やはり個人で取らないと無理ですね。
それでもハワイに行くたびに必ず此処のホテルのロビーに掛けられた大きな
カイウラニの肖像画を見に行きます。
皆さんもハワイに行かれたときは是非こちらのホテルのロビーに行って
当時を偲んでいただきたいです。。
あ、キルターの方、ロビーには大きなキルトが掛かっていますので是非!
それからこの本、もう定価では手に入りそうもないので図書館で借りて
読んでくださいね。
※ 日系移民ですがカメハメハ5世の時に甘蔗栽培の労働力不足を補うために
横浜の口入業者が集めた渡航出稼ぎ人で貧しい人たちでした。
丁度、維新の只中のときでしたが、この明治元年に渡った人たちを
「元年移民」といい当時153名が渡ったそうです。
そしてカラカウア王が明治天皇に依頼して始まったのが「官約移民」です。
元年移民以来色々な問題があり途絶えていた移民ですが「官」が保証すると
意味で多くの人が渡ったそうですが、それでも過酷な暮らしは続いたようです。
日系移民に関して一部加筆、訂正させていただきました。
今日はハワイ本「白い孔雀」の紹介です。
この本、数年前に載せたのですがなぜもう一度載せるかって?
映画「プリンセス・カイウラニ」が公開されたと聞いたので。
もちろん日本ではなくハワイ(アメリカ)でです
「白い孔雀」2002年 文芸社 よしだみどり著
ハワイ王朝最後の王女「プリンセス・カイウラニ」
23歳の若さで夭折した美貌のプリンセス
白い孔雀はカイウラニが「pikake」と呼んで可愛がっていた孔雀たちのことです。
この映画を作るに当たってハワイ先住民からは史実に沿っていないと
反対の声が多くあったそうですが・・・
あくまでも映画としてとらえて観るのがよさそうですね。
公式HP プリンセス・カイウラニ
日本でも公開されるといいのですが。
此処からはお時間のある方読んでくださいね^^;
カラカウア王の妹リケリケの娘でありハワイ王朝最後の女王
リリウオカラニを叔母に持つカイウラニ
この本はカイウラニを中心に取り巻くハワイ王朝が悲劇の
最後を迎えるまでの歴史本です。
といっても100%史実に沿っているようでもないのでハワイの歴史を
知るための取り掛かりとしてはとっても読み易い本です。
(行間や字も大きいので小・中学生でも可)
1881年(明治13年)カラカウア王が世界一周の旅に出た最初の訪問国
が日本でした。その日本も明治新政府が向かえる最初の国賓だったそうです。
まだ5歳だったカイウラニと明治天皇の甥、山階王殿下との縁談の話や
移民の話、アメリカに対抗するために日本と手を結ぶことが目的だったのですが・・
歴史に「たら」「れば」はないと思うのですが、これが実現していたら
日本とハワイの関係もずっと違う歴史になっていたでしょうね。
この辺の詳しいことは以前NHK「その時歴史が動いた」幻のハワイ、日本同盟計画
で放送しています。2006年8月放送ですがその後再放送もしているようです。
この時カラカウア王が明治政府にお願いして始まったのが日系移民(官約移民)です。
この時から移民の歴史が始まります。
日系移民に関する本は沢山出ていますのでこれからも折があれば紹介していきます。
プリンセスが住んでいたのは今ワイキキにある「シェラトンプリンセスカイウラニホテル」
のあるところ(ごく一部です)「アイナハウ」という場所です。
「アイナハウ」ハウの木のある土地
ホテルを裏から出て、丁度「アウトリガーイーストH」の前側(クヒオのバス停横)
にカイウラニと孔雀の銅像が建っています。
(何度も写真撮っているのに消えてしまいました)
私もこのホテルが好きで今までに2回ですが滞在しました。(かなり前ですが)
2回ともツアーだったのでタワーウイングの高層階でプリンセスウイングには
泊まれず残念でした。
やはり個人で取らないと無理ですね。
それでもハワイに行くたびに必ず此処のホテルのロビーに掛けられた大きな
カイウラニの肖像画を見に行きます。
皆さんもハワイに行かれたときは是非こちらのホテルのロビーに行って
当時を偲んでいただきたいです。。
あ、キルターの方、ロビーには大きなキルトが掛かっていますので是非!
それからこの本、もう定価では手に入りそうもないので図書館で借りて
読んでくださいね。
※ 日系移民ですがカメハメハ5世の時に甘蔗栽培の労働力不足を補うために
横浜の口入業者が集めた渡航出稼ぎ人で貧しい人たちでした。
丁度、維新の只中のときでしたが、この明治元年に渡った人たちを
「元年移民」といい当時153名が渡ったそうです。
そしてカラカウア王が明治天皇に依頼して始まったのが「官約移民」です。
元年移民以来色々な問題があり途絶えていた移民ですが「官」が保証すると
意味で多くの人が渡ったそうですが、それでも過酷な暮らしは続いたようです。
日系移民に関して一部加筆、訂正させていただきました。
by milimili48
| 2010-06-03 23:19
| ハワイ